うつ病になって気づいた「楽しいが消えていく」感覚——同じ気持ちのあなたへ

うつで休職してから、自分の中で一番こたえているのは、痛みでも疲れでもなく、「楽しい」「うれしい」という感覚が薄れてしまったことです。好きだったものを前にしても、以前のように心が動かない。本当ならうれしいはずの出来事に、どこか遠くから眺めているような感じがする。そのことが、じわじわと、でも確実に、自分を削っていきます。

この記事は、そういった感覚をなんとか言葉にしてみたくて書きました。医療的な説明でも、回復のノウハウでもありません。一当事者の、ごく個人的な体験と気持ちです。もし似たような感覚を抱えている方がいたら、「ひとりじゃないかもしれない」と少し思っていただけたら、それだけで十分です。

この記事の内容は個人の体験と考えであり、医療的助言ではありません。体調や治療については、必ず主治医や専門家にご相談ください。

うつ病になって一番つらいこと——「楽しい」が感じられなくなる日々

うつになる前、自分にとって「楽しい」は当たり前にそこにあるものでした。好きな音楽をかければ気分が上がって、好きな食べ物を口にすれば自然と笑顔になって、ふとした瞬間に「ああ、今日はいい日だな」と思えた。そういう小さな積み重ねが、毎日を成り立たせていたのだと思います。

それがいつからか、薄れていきました。正確に言えば、「ない」というより「届かない」という感じに近いです。楽しいものは目の前にある。けれど、それを受け取る自分の側の何かが、うまく機能していない。窓ガラス一枚隔てて外の景色を見ているような、そんな距離感がずっと続いています。

たとえば、ずっと楽しみにしていた映画を観たとします。ストーリーが面白いことはわかる。笑えるシーンでは笑っている。でも観終わったあとに残るのは、以前のような「ああ、よかった」という充足感ではなく、どこか空っぽな感じです。自分でも不思議で、「なぜ感動できないんだろう」とぼんやり考えてしまいます。

食事も同じです。美味しいと評判のものを食べても、「まずくはない」とはわかるのに、心から「おいしい」と思えない日が続きます。以前は食事をすること自体が楽しみのひとつだったのに、今は栄養補給という感覚に近くなっている。それが悲しいというより、ただ奇妙に感じられます。

精神科や心療内科の世界では、こういった状態を「アンヘドニア(喜びの喪失)」と呼ぶことがあります。うつに伴いやすい症状のひとつで、脳の報酬系(物事を楽しいと感じる仕組み)に関わるとされています。ただ、これはあくまで医学的な説明であって、自分がそれを体験している感覚は、もっとのっぺりとした、地味な日常の中にあります。劇的な喪失感というより、少しずつ色が抜けていくような感じ、とでも言えるでしょうか。

休職してから、時間だけはあります。本来なら「好きなことをする時間」が増えたはずなのに、その「好きなこと」への気持ちが薄いという矛盾した状況が続いています。趣味のものを引っ張り出しても、すぐにそっと戻してしまう。何かを始める前から「どうせ楽しめないかもしれない」という感覚が先回りしてきて、結局何もしないまま時間が過ぎていく。そういう日が積み重なっていきます。

うつ病になって「楽しめない」という状態は、怠けでも気の持ちようでもなく、脳と心が本当に消耗しているサインだと、今の自分はそう理解しています。でも頭でわかっていても、感情がついてこない。それもまたうつのつらいところだと思います。

同じような感覚を持っている方に、少しだけ伝えたいのは、あなたが楽しめないのはあなたのせいではないということです。感じる力が今は休んでいる、そう捉えることが、自分にとって少し楽になれる考え方でした。必ずそう思えるとは言えませんが、ひとつの見方として、ここに置いておきます。

うつ病になって感じる申し訳なさ——恵まれているはずなのに、なぜ感じられないのか

楽しいが感じられないことと同じくらい、あるいはそれ以上につらいのが、「申し訳ない」という感覚です。自分には恵まれている部分があると、頭ではわかっている。それなのに幸せを感じられない自分は、おかしいのではないか。感謝すべきことを感謝できていない自分は、ひどい人間なのではないか。そういう気持ちがぐるぐると頭の中を回ります。

誰かに何かしてもらったとき、以前なら素直に「ありがとう」と感じられたのに、今はその感謝の気持ちがどこか薄く、それに気づくたびに自己嫌悪に陥ります。「せっかくやってくれているのに、なんで嬉しいと思えないんだろう」という罪悪感です。相手を大切に思っていないわけではない。でも感じ方が変わってしまっている。その乖離がとても苦しい。

穏やかな天気の日に外を少し歩いたとします。客観的に見れば、それはいい時間のはずです。でも「気持ちいい」という感覚が薄くて、それよりも「こんな日でも楽しいと思えない自分は何なんだろう」という気持ちのほうが大きくなってしまう。楽しめないことへの罪悪感が、楽しめないこと自体をさらにつらいものにしています。

これはうつの症状のひとつで、「感情鈍麻(感情がにぶくなること)」や「罪責感(理由なく自分を責める感覚)」と関連していると言われています。専門的には、脳内のセロトニンやドーパミンといった神経伝達物質のバランスが崩れることで起きやすいとされています。ただ、当事者として感じていることは、そういった説明よりずっと個人的で、地に足のついた日常の苦しさです。

「幸せなはずなのに感じられない」という矛盾は、意志の弱さではなく、うつという状態が引き起こしていること。そう理解しようとするのですが、感情というのは頭の理解に従ってくれるものではなく、それが難しい。わかっているけど責めてしまう、というループから抜け出せない日が続きます。

休職中、特に何もしていない日が続くと、「こんなに何もできていない自分は、周りに迷惑をかけているだけだ」と感じることがあります。生産的なことができていない、貢献できていない、という焦りと罪悪感が混ざって、ただ横になっているだけの時間がひどく後ろめたい。でも実際には、動けない状態のときに休むことは、回復のために必要なことのはずなのです。頭ではわかっていても、感情がそれを許さない。うつのときの「休む」は、健康なときの「休む」とは全然別物だと今の自分は思っています。

うつ病になって「申し訳ない」と感じること自体が、症状のひとつである可能性があります。自分を責める声が大きくなっているとき、それはあなたの本当の評価ではなく、うつが作り出しているひとつの感覚かもしれません。少し距離を置いて見ることができるといいのですが、それが難しいのもうつのつらさだとわかっています。

もし今、「恵まれているのに感謝できない自分はおかしい」と感じている方がいれば、その感覚はあなたがおかしいのではなく、心が今それだけ疲弊しているということだと思います。感じる力が戻ってきたとき、あなたの中にある感謝や喜びは、きっとまたそこにあります。今すぐそう信じることが難しくても、それでもいいと思っています。

うつ病になって休職中の日常——感じられない中でもそっと続けていること

何もかも感じられないかというと、完全にそういうわけでもなくて、ごくたまに、ほんの少し「悪くない」と思える瞬間があります。それは以前の「楽しい」とは全然違うものですが、ゼロではない。そういう微かな感覚を手がかりに、今の毎日をなんとかやり過ごしています。

たとえば、朝に温かい飲み物を飲むとき。特別なことではありませんが、「温かい」という感覚は届く。おいしいかどうかはよくわからなくても、温度はちゃんと感じられる。そういう、シンプルな身体的な感覚は比較的残っていて、それに意識を向けることが、今の自分には少し助けになっています。

本は以前のように集中して読めなくなりました。一ページ読んでも内容が頭に入ってこないことがあります。それが悔しいので、今は短い文章や、軽い読み物をぱらぱらめくる程度にとどめています。「ちゃんと読まなきゃ」という気持ちを手放して、気が向いたページだけ読む、という形に変えてから、少しだけ気が楽になりました。

投資の積み立てを細々と続けているのですが、それも今は「増やす」とか「頑張る」という感覚はほとんどなく、ただ設定してあるから続いているという状態です。配当の通知が来て、数百円の金額を見たとき、「ああ、動いているんだな」とだけ思う。感動はありませんが、何かが静かに続いていることへの、かすかな安心感はあります。お金を増やすこと自体が目的というより、うつで動けない日々の中で「何かが続いている」という事実に、少しだけ支えられている感じです。

何もできない日があっていいと、今の自分は思っています。休職中に「何かしなければ」と焦ることは何度もありますが、本当に動けないときに無理に動こうとすると、あとでより大きく崩れることを経験的に感じています。横になっているだけの日は、それで十分な日だったのかもしれない、とあとから思えるときもあります。毎回そう思えるわけではありませんが。

外に出ることも、気が向いたときだけにしています。以前は「毎日散歩しなきゃ」と自分にルールを課したこともありましたが、それがプレッシャーになって逆につらくなりました。今は「出られたら出る、出られなければ出ない」という感じで、ゆるくやっています。外の空気に触れたとき、以前のように「気持ちいい」とは感じられなくても、少しだけ視野が開けるような感覚はあって、それを細く細く頼りにしています。

うつ病になってできないことが増えた分、今できていること、続けていることを、どうかそのまま認めてあげてほしいと思います。大きな成果でなくていい。横になって今日をやり過ごしただけでも、それはあなたが今日を生きたということです。小さな一日を、小さいまま認めることが、今の自分に一番難しくて、一番大切なことだと感じています。

うつで休んでいると、自分が社会から切り離されているような孤独感を覚えることがあります。誰かに話したくても、わかってもらえるか不安で話せない。そういうとき、同じような経験を持つ人のブログや、当事者が集まるオンラインのコミュニティで、誰かの言葉を読むだけで少し楽になることがあります。直接話すのが難しいときでも、誰かの経験を読むことで「ひとりじゃない」と感じられることは、ゆっくりとですが自分の支えになっています。

うつ病になって感じた「消えかけた喜び」に寄り添う——同じ感覚のあなたへ

ここまで書いてきたことは、あくまで自分一人の体験です。うつといっても状態は人によって異なりますし、感じ方も、しんどさの種類も、きっとそれぞれ違います。この記事に書いたことが、すべての人に当てはまるわけではありません。ただ、「楽しいが感じられない」「恵まれているのに感謝できない」という感覚に、少しでも共感してもらえる方がいれば、あなたの気持ちはおかしくないと伝えたくて書きました。

楽しいが感じられなくなったからといって、あなたが楽しむ資格をなくしたわけではありません。感じる力が今は休んでいるだけで、あなたの中にある喜びがなくなったわけではないと、今の自分は信じています。断言はできませんが、そう思いたいし、同じ状況の方にもそう思っていてほしいと感じています。

うつのときに感じる「消えかけた喜び」は、本当に地味でしんどいものです。派手に泣くわけでも怒るわけでもなく、ただうっすらと、感じられない。その静かなつらさは、外からは見えにくく、「元気そうに見える」と言われることもあります。でも見えないからといって、つらくないわけではない。自分がどれだけ消耗しているか、当事者にしかわからない部分があると思っています。

一方で、「楽しいが戻ってくる」ことを保証することはできません。今の自分には、まだそれが感じられない日が多い。でも、ゼロだった感覚が少しだけ戻ってきた瞬間を、いくつか経験したことはあります。それが続くかどうかはわかりませんが、完全に消えているわけではないことは、自分の体験として感じています。

「回復する」と断言することも、「もう戻らない」と絶望することも、今の自分にはできません。ただ、今日もここにいる、というその事実だけを、そっと持っていたいと思っています。

もしこの記事を読んでいる方の中で、つらさがとても強い、消えたい気持ちが浮かぶ、眠れない・食べられない状態が続いているという方がいれば、どうか一人で抱え込まないでほしいと思います。主治医に話す、信頼できる支援機関に連絡する、お住まいの地域の相談窓口を探してみる、そういった選択肢をどうか持っていてください。話すことが難しいときでも、電話やチャットで相談できる窓口もあります。あなたの気持ちを受け取ってくれる人は、必ずいます。

なお、AIに気持ちを話すことが助けになる場合もありますが、AIは医療者や専門家の代わりにはなりません。つらさが強いときは、必ず人間の専門家に相談してください。

うつ病になって「楽しいが感じられない」状態は、あなたの弱さでも失敗でもありません。今この瞬間も、自分を責めながら踏ん張っているあなたに、少しだけ「それでいい」と言いたいと思って、この記事を書きました。

うつ病になって感じたことのまとめ——この記事を読んでくれたあなたへ

この記事では、うつで休職している自分が、「楽しい・うれしいという感覚が薄れた」というつらさについて書いてきました。これは医療的な情報ではなく、一当事者の個人的な体験と気持ちです。

うつ病になって一番こたえているのは、大きな痛みよりも、小さな喜びが届かなくなることだと自分は感じています。毎日をなんとかやり過ごしながら、その感覚をうまく言葉にできずにいた方に、少しでも届いていれば嬉しいです。

恵まれているはずなのに感謝できない、楽しいはずなのに感じられない、という矛盾した苦しさは、あなたがおかしいのではなく、うつという状態が作り出しているひとつの感覚です。その苦しさを誰かにわかってもらえないとき、一人で抱えているとき、この記事がほんの少しだけ「ひとりじゃない」と感じるきっかけになれたら、それが自分の望むことです。

できない日があっていい。休んでいい。横になって今日をやり過ごすだけの日があっていい。そう言ってもらえる場所が、今の自分には必要でした。あなたにとってもそうであれば、この記事がその小さな場所のひとつになれたらと思います。

うつ病になって感じてきたこと、感じられなくなったことを、これからも少しずつ言葉にしていこうと思います。あなたのペースで、あなたの今日を、どうか大切にしてください。

つらさが強いとき、消えたい気持ちが出てきたとき、眠れない・食べられない状態が続くときは、主治医や専門機関、お住まいの地域の相談窓口にどうか相談してみてください。あなたを助けることができる人が、必ずいます。この記事の内容は個人の体験と考えであり、医療的助言ではありません。

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