三連休とうつの過ごし方、休職中の自分が見つけた「無理しない」日々の記録

三連休が近づくたびに、なんとも言えない気持ちになります。うれしいような、憂鬱なような、その両方が混ざった感覚です。うつで休職中の自分にとって、「休日が三日続く」ということは、必ずしも楽しいことばかりではありませんでした。何もしない日が続く罪悪感、子どもと過ごしてあげられているのかという不安、世間が楽しそうに見えるSNSとの距離感。そういったものが、連休の度に押し寄せてきます。

この記事では、うつで休職中の筆者が、三連休をどのように過ごしてきたか、どんなことを考えながら日々をやり過ごしてきたかを、正直に書き残したいと思います。医療的な助言でも、専門機関の推奨でもありません。あくまで一個人の体験談として、同じように連休の過ごし方に悩んでいる方に、少しでも「そういう人もいるんだ」と感じてもらえたらと思って書いています。

三連休とうつの過ごし方に悩んだ理由、休職中だからこそ感じるプレッシャー

健康なときは、三連休といえばどこかへ出かけるか、家でゆっくりするか、どちらにしても「選べる」状態でした。でも、うつで休職してからは、その「選べる」という感覚自体がなくなりました。体は家にいるのに、頭の中ではぐるぐると「何かしなければ」「子どもに申し訳ない」「ちゃんとした親なら連れ出してあげられるはず」という言葉が繰り返されます。

休職中は毎日が「休日」のようにも見えますが、実際の感覚はまったく違います。平日は「今日は誰かと予定がない、一人でいていい日」として過ごせても、三連休になると「本来なら家族で楽しく過ごすべき時間」というイメージが強くなり、それに応えられない自分をさらに責めてしまいます。

特につらかったのは、SNSを開いたときです。友人や知人が家族と旅行に出かけている投稿、子どもと公園で遊んでいる写真、楽しそうな外食の記録。それを見るたびに「自分はこんなにも何もできていない」という気持ちが強くなりました。SNSとの距離については、見てつらくなるならミュートしていい、アプリを閉じていい、無理に見続けなくていいと、今は自分に言い聞かせています。これも「こうすれば楽になる」という保証ではなく、自分がそうやって少し楽になった、という体験です。

「連休をうまく過ごせた人」と自分を比べる必要は、本来ないはずです。でもうつの状態では、頭でわかっていてもそれができない。そのしんどさは、なっていない人にはなかなか伝わりにくいのかもしれません。だからこそ、同じ状況にいる人に「自分だけじゃない」と感じてほしくて、こうして書いています。

三連休が来るたびに感じていたプレッシャーの正体は、「何かをしなければ」という義務感と、「子どもに申し訳ない」という罪悪感でした。この二つが重なると、何もできないまま三日間が過ぎ、最終日の夜に深い自己嫌悪に陥るというパターンを何度も繰り返しました。

そのパターンを少しずつ変えていくきっかけになったのが、「三連休とうつの過ごし方に正解なんてない」という考え方を、少しずつ受け入れていくことでした。完璧に過ごさなくていい。三日間のうち一日だけ動ければそれで十分。いや、三日とも家にいてもいい。命が無事であれば、それだけで今日は満点だ、と。

三連休とうつの過ごし方として自分が続けていること、涼しい場所への小さなお出かけ

うつで休職してから、自分なりに「これなら続けられる」と感じた三連休の過ごし方があります。それは、冷房の効いた公共施設や商業施設に、ちょっとだけ出かけることです。大げさな旅行でも、テーマパークでも、特別な計画でもなく、ただ「涼しい場所に少しいる」というだけのことです。

このお出かけを始めたきっかけは、子どもへの申し訳なさでした。自分一人ならずっと家にいてもいいかもしれない。でも、子どもまで何日も家に閉じ込めているのは申し訳ないという気持ちが、ずっとありました。かといって遠くへ行く体力も気力もない。そこで思いついたのが、近場の冷房のある場所にとにかく行ってみる、という方法でした。

具体的には、大型の商業施設や、屋内の大きな遊び場などです。行き先はほとんどいつも同じです。「また同じ場所か」と思われるかもしれませんが、同じ場所のほうが気楽でいいというのが正直なところです。初めての場所は情報収集が必要で、それだけで疲れます。「どこに何があるか」「混んでいるか」「迷わないか」といった不安が減るだけで、出かけるためのハードルがぐっと下がります。うつの状態では、この「不安要素を減らす」という工夫がとても大切だと自分は感じています。

出かける時間も、無理のない範囲にしています。朝一番から夕方まで過ごすのではなく、昼前に出発して数時間だけいて帰ってくる。それだけで十分です。子どもと一緒に屋内をぶらぶらして、軽く食事をして、帰りに少し涼しい空気を吸いながら帰る。それだけのことですが、家に帰ると「今日は外に出られた」という小さな達成感があります。

帰宅後は必ずぐったりします。疲れてしばらく横になることもあります。でもそれでいいと思っています。出かけたことで疲れるのは、うつの状態では当然のことで、それを責める必要はないと自分に言い聞かせています。

お出かけの日と、家でゆっくりする日を、三連休の中で分けるようにしています。三日間すべて出かけようとすると、必ず途中でバテます。一日出かけたら、次の日は家でゆっくり。それくらいのペースが、今の自分の体力には合っています。体力との相談、というのは本当に大事で、うつの状態では健康なときよりずっとエネルギーが少ないことを前提に動かないと、あっという間に消耗してしまいます。

また、出かける前に「今日は何が何でも行く」と決めないようにしています。朝起きて、体の状態を確認して、「今日は動けそう」と感じたら出かける。「今日はしんどい」と感じたら無理しない。この判断を、毎回自分の体と相談しながら行うようにしています。計画通りにできなくても、それは自分が弱いのではなく、今日の体がそういう状態だっただけ、と考えるようにしています。

行き先が毎回同じになりがちなことは、最初は少し気になっていました。「いつも同じ場所ではつまらないのでは」「もっとバリエーションを出すべきでは」という気持ちが浮かぶこともありました。でも今は、同じ場所でいいと思っています。行き慣れた場所は安心感があり、余計な神経を使わなくていいというのは、うつの状態には大きなメリットです。無理に新しい場所を開拓しようとしなくていい。それよりも、出かけること自体が続けられることのほうが大切だと感じています。

三連休とうつの過ごし方で気をつけていること、自分を追い詰めないための工夫

お出かけの話だけを書くと、「毎回そんなふうにうまくできるの」と思われるかもしれません。実際にはそんなことはなく、三連休のうち三日とも家から出られなかった、ということも何度もありました。朝起きられなかった日、外に出る気力がまったく湧かなかった日、子どもに申し訳ない気持ちで泣いた日も、もちろんあります。

そういう日があることを、今は「仕方がない」と受け入れるようにしています。「なぜ出かけられなかったのか」「もっとがんばれたのではないか」という振り返りを繰り返すと、気力がさらに削られます。出かけられなかった日は、出かけられなかった。それだけのことです。翌日また体の状態を確認する、それだけでいいと思っています。

連休中に気をつけていることをいくつか書いておきます。これはあくまで自分の場合の話ですが、同じように悩んでいる方の参考になれば幸いです。

  • 朝のうちに「今日は出かける日か、休む日か」をざっくり決める。ただし絶対ではなく、体調次第で変えていい。
  • 出かける場合でも、長時間の予定を入れない。数時間で切り上げる前提にしておく。
  • 帰宅後は休む時間を確保する。ご飯の支度など、帰ってすぐ何かしなければならない状況を避ける。
  • SNSは連休中に何度も開かない。見てしんどくなるなら、通知をオフにしてアプリから距離を置く。
  • 「三連休らしいことをしなければ」というプレッシャーを感じたら、「連休の過ごし方に正解はない」と自分に言い聞かせる。

特に最後の点は、自分にとって大きな気持ちの切り替えになりました。世間が「三連休といえば旅行、家族イベント」という雰囲気を出していても、それに自分を合わせる必要はないのだと。うつの状態でそんなことができないのは当然のことで、それを恥じる必要はないと、少しずつ思えるようになっています。

もし連休中にとてもつらい気持ちが強まったり、消えてしまいたいという気持ちが出てきたりしたときは、一人で抱え込まず、主治医や専門機関、公的な相談窓口に連絡してほしいと思います。そういう機関は、連休中でも繋がれる窓口が存在します。自分を守ることが、まず第一です。

子どもへの罪悪感については、今でも完全にはなくなっていません。「もっと連れて行ってあげたい」「もっと楽しませてあげたい」という気持ちは、親として自然なことだと思います。でも同時に、「病気で休んでいる自分が無理をして倒れたら、子どもにとってもっと困る」という考え方も、少しずつできるようになってきました。無理してでも連れ出すことが子どものためになるかどうか、それは状況によるはずです。

今日を乗り越えることが、今の自分にできる精一杯であり、それで十分だと思っています。命さえあれば、また明日がある。三連休を完璧に過ごせなくても、その連休は終わり、また次の日常が来ます。うまくいかなかった連休を責め続けても、過ぎた時間は戻りません。今日の自分を、少しだけ許してあげることが、続けていくための力になると感じています。

三連休とうつの過ごし方を続けるなかで変わってきたこと、小さな気づきの積み重ね

休職してから何度も三連休を経験する中で、少しずつ変わってきたことがあります。最初の頃は、連休が来るたびに「また何もできなかった」という後悔だけが残っていました。でも今は、「今日はここまでできた」「外に出られた」「涼しい場所で子どもと少し過ごせた」という小さなことを、以前よりは大切にできるようになっています。

この変化は、誰かに教えてもらったというより、繰り返しの中で自然に気づいたことです。完璧な連休を目指すのをやめたとき、かえって少し楽になりました。「今日はどこも行けなかったけど、子どもと家でのんびりできた」という日を、失敗ではなくそれ自体の形として受け取れるようになってきた気がします。

うつの回復は、日によって波があります。昨日できたことが今日できないことも多く、それに一喜一憂していると消耗します。三連休の過ごし方も同じで、先週の連休にできたことが今週もできるとは限らない。それを当たり前のこととして受け入れるようになってから、少しだけ気持ちが楽になりました。

行き先がいつも同じになることへの気づきも、ここに書いておきたいと思います。最初は「毎回同じでは子どもがつまらないのでは」と心配していましたが、子どもはそれほど気にしていないことがわかりました。子どもにとっては、一緒にいること、外に出ること自体が楽しさになることもあります。親が完璧なレジャーを提供しなければ子どもは幸せになれない、という思い込みは、うつの状態のときにより強く出てくる気がします。でもそれは思い込みである可能性が高いと、今は感じています。

また、涼しい場所に出かけること自体が、自分にとっても気分転換になっていると気づきました。冷房のない、暑い室内に長くいると、それだけで消耗します。冷たい空気の中でぼんやりと人の流れを眺めているだけでも、閉じこもり続けるよりは体にも気持ちにも違うものがあります。これが必ず良いというわけではなく、あくまで自分の場合の話です。

主治医との関係については、三連休の過ごし方を含めて、体力や気力の変化を正直に伝えることが大切だと感じています。「連休が近いとプレッシャーになる」「外に出られない日が続いている」という正直な状態を共有することで、医師もより適切な関わりができるはずです。これは筆者個人の感覚ですが、一人で全部抱えようとしないことが、続けていくためには欠かせないと思っています。

連休が苦手なのは、自分が弱いからではないと思っています。社会的なペースや期待と、今の自分の状態にギャップがある。それが苦しさの正体であって、そのギャップを感じることは、むしろ社会の中で生きようとしている証拠でもあります。そのギャップを無理に埋めようとするのではなく、少しだけずらして受け流す練習を、今も続けています。

三連休とうつの過ごし方、当事者として伝えたいことのまとめ

この記事では、うつで休職中の自分が三連休をどのように過ごしてきたか、どんなことを工夫してきたかを書きました。繰り返しになりますが、これは医療的な助言でも専門家の推奨でもなく、一個人の体験と考えです。同じ状況にある方に、少しでも参考になれば嬉しいと思って書きました。

三連休とうつの過ごし方に、これが正解というものはないと思っています。旅行に行けた日も、三日間家から出られなかった日も、どちらも「その日の自分の精一杯」です。できたことを数えることより、できなかったことを責め続けることの方が、回復の妨げになることもあります。

自分が続けてきた「涼しい場所へのちょっとした外出」は、特別なことでも立派なことでもありません。ただ、今の自分にできる範囲で、子どもと少しだけ外の空気を吸いに行く、それだけのことです。行き先がいつも同じでもいい。時間が短くてもいい。帰ってぐったりしてもいい。続けられることが、今は一番大事なことだと感じています。

連休中に気持ちが沈んだとき、消えてしまいたいという気持ちが出てきたとき、一人で抱え込まないでください。主治医や専門機関、公的な相談窓口に頼ることは、弱さではありません。そのための場所が存在しています。

三連休とうつの過ごし方は、うまくいく日もいかない日もある。でも今日を生き延びたなら、それだけで今日は満点です。この記事を読んでいる誰かに、そのことが少しでも届けばと思いながら、書き終えます。

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