うつと食欲・体重の変化で気づいた5つのこと、食事は「食べられれば十分」でいい

うつで休職することになってから、毎日の食事がこんなにも変わるとは思っていませんでした。食欲そのものが劇的に消えたわけでもないのに、気づけば食事がどんどん適当になっていく。料理を作ろうとすると、なぜかとても面倒で、何から手をつければいいのかわからなくなる。この記事は、そんな自分の体験を正直に書いたものです。

医学的な情報や栄養指導ではなく、あくまでも一人の当事者としての感覚をまとめています。食事や体重のことで自分を責めている方に、「それでいいんじゃないか」と少し思えるきっかけになれば、と思って書きました。

なお、この記事は医療的なアドバイスではありません。心身の状態が心配な場合や、食べられない・眠れない・気持ちがとても落ち込んでいるといった状態が続く場合は、主治医や専門機関にご相談ください。

うつと食欲・体重の変化について、自分が最初に気づいたこと

体調を崩して心療内科を受診し、診断を受けてから休職することになったとき、まず驚いたのは「食欲は意外とあるのに、食事ができない」という状態でした。お腹がすく感覚はある。でも、料理をしようとすると体が動かない。冷蔵庫を開けても、何かを切って、火を使って、洗い物をして、という手順の全体が頭の中で重くなって、そのまま冷蔵庫を閉めてしまう。

最初は「やる気の問題」だと思っていました。でも今は、うつのときに「料理ができなくなる」のは意志が弱いからではなく、心と体の余力がそこまで届かないからだと、自分なりに理解しています。料理という行為は、実はいくつものステップが組み合わさった複雑な作業です。献立を考えて、材料を確認して、調理して、盛り付けて、後片付けをする。元気なときは当然のようにこなせていたそのプロセスが、うつのときには一つひとつが信じられないほど重くなります。

食欲そのものの変化については、人によって大きく違うようです。食欲がまったくなくなる方もいれば、自分のように「なんとなくお腹はすくのに食べる行動に移せない」という状態になる方もいる。また、反対に過食傾向になるという話も耳にします。食欲の変化はひとつのパターンに収まるものではなく、その人の状態やもともとの体質によって異なるというのが、当事者として実感していることです。

体重の変化については、自分の場合は劇的に増減したわけではありませんでした。ただ、食事が適当になることで栄養のバランスは明らかに乱れていたと思います。それでもそのときは、そんなことを気にする余裕すらありませんでした。「きちんと食べなければ」という焦りよりも、「今日も何か食べた」という事実を、そのままそっと認めてあげることが、自分にとっては大切な一歩でした。

また、体重の変化が気になったとしても、それを無理にコントロールしようとする必要はないと感じています。極端な食事制限はかえって心と体に負担をかけます。心配な変化が続く場合は、自己判断せずに主治医に相談するのが一番です。

うつと食欲・体重の変化の中で「食事を適当にする」ことを自分に許した理由

休職してしばらくは、「自分はちゃんとできていない」という感覚がずっとありました。仕事に行けていない。家事もろくにできていない。食事もコンビニやスーパーのお惣菜ばかりになっている。その「ちゃんとできていない」の一覧に、食事も入っていました。

でも、ある日ふと思ったのです。今の自分にとって「食べる」という行為そのものが、既にそれなりにエネルギーを使っている。コンビニで何かを選んで、買って、持ち帰って、食べる。それだって、立派に「食事をした」ことではないか、と。

「自炊をしないこと」と「食事をおろそかにすること」は、イコールではない。これは自分の中で大きな発見でした。お惣菜でも、冷凍食品でも、夫に作ってもらったものでも、口から何かを入れて体を動かし続けているなら、それは十分なことだと思えるようになりました。

夫には本当に助けてもらいました。「何が食べたい?」ではなく、「これ、食べられそう?」と聞いてくれる言葉が、ありがたかった。食べたいものを選ぶ元気もないときに、「選んでくれる」「用意してくれる」という行為がどれだけ支えになるか、うつになってはじめてわかりました。頼れる人がそばにいるなら、遠慮なく頼っていい。それは弱さではなく、今の自分に必要な選択です。

一方で、夫に頼れない環境の方や、一人で生活している方もたくさんいると思います。そういうときこそ、「作れない自分を責めるよりも、食べられる形を探すことに集中する」という考え方が助けになると、自分は感じています。コンビニのおにぎり一個でも、インスタントのスープでも、今日の自分が口にできたものは全部「合格」です。

自炊ができないことへの罪悪感は、なかなか消えませんでした。でも、罪悪感を持ちながら何もできない状態が続くより、「今はこれでいい」と思いながら少しでも食べたほうが、自分の体と心にとっていい、と少しずつ気づいていきました。その「少しずつ気づく」プロセスも、人によって違うし、時間がかかってよいと思っています。

うつと食欲・体重の変化に向き合う中で実際に試した、無理のない食事の工夫

「工夫」という言葉を使いましたが、できないときは本当に何もできません。だから、ここに書くことは「こうすべき」ではなく、「自分にはこれが負担が少なかった」という記録として読んでいただけたら、と思います。体調には波があるので、できる日にできることをすれば十分です。

食べることのハードルを下げる

「食事を作る」のではなく、「食べられるものを手に入れる」に切り替えることが、一番最初の小さな変化でした。近くのコンビニやスーパーに行けるときは、温めるだけで食べられるものを多めに買っておく。それだけで、「今日は何を食べようか」という判断のコストが下がります。

選ぶことにもエネルギーが要る、というのはうつになってから強く感じたことです。メニューを考えて、材料を確認して、という工程をゼロにするだけで、食事へのハードルは随分変わりました。冷凍のご飯パック、スープの缶詰、温めるだけのおかず、こういったものを罪悪感なく使っていいと、自分に何度も言い聞かせました。

食べる量や内容を責めない

うつのときは、食べ過ぎたとしても、食べられなかったとしても、どちらも「だから自分はダメだ」という方向に考えが向きやすかったです。食べた量や内容で自分を評価しないと意識的に決めることが、自分には大切でした。

栄養バランスが完璧でなくていい。同じものが続いてもいい。今日はどうしても食べられなかったなら、それはそういう日だった。そこに理由や言い訳をつけなくていい。食事に関して「正解」を求めるのをやめたとき、少し気持ちが楽になりました。

体重の変化に過度に反応しない

体重が変わることへの不安は、自分にもありました。でも、主治医に話したとき、「今の状態で無理に体重を管理しようとするのは負担が大きい」という言葉をもらいました。まずは食べられること、眠れること、そちらを優先する時期があっていい、という話でした。

体重の数字よりも、今日の自分が少し食べられたかどうか、それだけを見てあげてほしいと、自分自身にも思っています。もちろん、体重の急激な変化や、まったく食べられない状態が続く場合は、一人で抱えず主治医に相談することをおすすめします。体のことも、遠慮せずに話していい。

食事の時間をゆるくする

「朝昼晩きちんと食べなければ」という思い込みも、休職してから少しずつほどいていきました。お腹がすいたときに、食べられるものを、食べられる量だけ食べる。それでいい時期があっていい。夜中に少し食べることもありましたし、昼間に何度かに分けて少しずつ食べることもありました。

食事のリズムを整えることが回復につながるという話はあります。でも、リズムを整えること自体がまだ難しい状態のときに、それを無理に目指すと疲れる。まずは「食べる」こと自体を続けるのが、今の段階では十分な目標だと思って過ごしていました。

好きなものを食べることを許す

うつのときは、楽しいと感じることが減ります。好きだったものへの興味も薄れることがある。それでも、ふとした瞬間に「あれが食べたいな」と思えたとき、その気持ちを大切にしていました。健康によくなくても、栄養バランスが偏っていても、今日食べたいと思ったものを食べる。その小さな選択が、自分にとって「今日も何かを選べた」という感覚につながっていました。

うつと食欲・体重の変化を通じて感じた、「食べる」ことの意味の変化

うつになる前の自分にとって、食事は「栄養を取る行為」であり、「楽しみの一つ」でもありました。外食が好きで、料理も嫌いではなかったし、食卓で話しながら食べる時間が好きでした。

でも、休職してからしばらくは、食事がただの「こなす作業」になっていきました。食べなければ体が動かない。だから食べる。それだけ。食べることへの喜びや楽しみが、すっぽり抜け落ちてしまったような感覚でした。

これはとても寂しいことでしたし、今も完全に戻ったとは言えません。でも、「食べることが楽しくない時期もある」ということを、自分に対して否定せずに認められるようになったのは、一つの変化だったと思います。楽しくなくても食べていい。おいしいと感じなくても食べていい。そういう時期は、あっていい。

夫が「今日はこれ買ってきた」と袋を置いてくれるとき、その行為そのものが、食べることへの小さな入り口になっていました。食べることの意味が「栄養」や「楽しみ」ではなく、「今日もここにいる」という確認のようになっていた時期がありました。それがよかったのかどうかはわからないけれど、そういう時期があったことは事実です。

うつのときの「食べる」は、元気なときの「食べる」とは違う意味を持つことがある。それを自分で受け入れるのに時間がかかりましたし、今もそのプロセスの中にいます。回復には波があって、よくなったと思ったら落ちる日もある。食欲も体重も、そのときそのときで変わっていきます。一直線に改善しないことに焦らなくていい、と自分に言い聞かせている日が、まだあります。

もしも今、食べることが全くできない状態が続いていたり、体重の変化が著しかったり、または消えてしまいたいような気持ちが浮かんでいたりするなら、どうかその気持ちを一人で抱えないでください。主治医や、お住まいの地域の相談窓口に、話してみてほしいと思います。あなたが感じていることは、話す価値のあることです。

うつと食欲・体重の変化についての5つの気づきをまとめると、「食べられれば十分」が今の答え

最後に、この記事を通じて自分が伝えたかったことを整理します。あくまでも一人の当事者の体験と気づきであり、すべての人に当てはまるものではありません。体や心の状態に関する判断は、必ず主治医や専門家にご相談ください。

一つ目の気づきは、食欲の変化はひとつの形ではない、ということです。食欲がなくなる人も、反対に食べ過ぎる人も、自分のように「お腹はすくのに食べる行動に移せない」という人もいます。どの状態も、うつのときに起こりうることであり、それ自体があなたの性格の問題ではありません。

二つ目の気づきは、料理ができなくなるのは意志の弱さではない、ということです。料理は複数のステップが絡み合う複雑な行為です。心と体の余力が限られているときに、それができなくなるのはごく自然なことです。コンビニでも、冷凍食品でも、誰かに頼っても、食べられたなら十分です。

三つ目の気づきは、体重の数字に一喜一憂しなくていい時期がある、ということです。急激な変化が続く場合は専門家に相談してほしいですが、多少の変動はこの時期には仕方がない部分もあります。体重よりも、今日少し食べられたかどうか、それだけを自分の評価軸にしていい時期があっていいと思います。

四つ目の気づきは、頼れる人には頼っていい、ということです。夫に食事を用意してもらったことが、自分にとってどれだけ助けになったかは、言葉にしきれません。一人で全部しなければという思い込みを手放すことが、休職中に学んだ大切なことのひとつです。

五つ目の気づきは、「食べることが楽しくない時期」があっていい、ということです。食事への喜びが戻ってくるかどうか、いつ戻るかは、今の自分にはわかりません。でも、「今はそういう時期だ」と認めながら、それでも食べ続けることが、今の自分にできることだと思っています。

この記事を読んでくださった方に、「食べられれば十分」「自炊できなくていい」「自分を責めなくていい」という気持ちが少しでも届いたなら、書いてよかったと思います。回復に正解はなく、波があり、人によって全く違います。それでも、今日も何かを食べられたあなたは、今日も十分によくやっています。

心身の状態が不安なとき、食べられない・眠れない状態が続くとき、気持ちがとても落ち込んでいるときは、お住まいの地域の相談窓口や、主治医、精神科・心療内科などの専門機関に相談してください。一人で抱えなくていいことは、たくさんあります。

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