うつで休職中のあいだ、「やめよう」と自分で意識して決めたことは、実はそれほど多くありません。それよりも、気づいたら「できなくなっていた」ことのほうが、ずっとたくさんありました。本を読んでも頭に入ってこない、好きだったゲームが楽しめない、食事もなんとなく適当になっていく。そういった変化が積み重なっていくなかで、少しずつ「自分が思っていた普通」を手放していきました。
この記事では、筆者が休職中に経験した「やめたこと・できなくなったこと」を7つの視点から整理し、そこで得た気づきをまとめています。これはあくまで筆者個人の体験と考えであり、医療的な助言ではありません。同じような状況にいる方にとって、「自分だけじゃないかもしれない」と思えるきっかけになれば幸いです。
休職中にやめたことの前に知っておきたい「できなくなった」という感覚
休職中に何かを「やめた」と言うと、意志を持って手放したように聞こえます。でも正直なところ、自分の場合はほとんどが「いつの間にかできなくなっていた」という感覚に近いです。やめようと決意したわけでも、誰かに止められたわけでもなく、ただ気づいたらできていなくなっていた。そのことを最初は受け入れられず、「なんでこんなこともできないんだろう」と自分を責めていました。
うつの状態では、脳や神経系がいつもとは違う動き方をしていると言われています。集中力が続かない、感情が動きにくくなる、意欲が湧かないといった変化は、怠けや意志の弱さではなく、体の状態として現れるものだという説明を主治医から聞きました。とはいえ、頭でわかっていても、できていたことができなくなっていく感覚はつらいものです。
大事なのは、「できなくなったこと」をリストにして落ち込むのではなく、「今の自分がどういう状態にあるかを知るための手がかり」として見ることだと、少しずつ思えるようになってきました。できないことが悪いのではなく、それが今の自分のコンディションを教えてくれているのだ、と。
「できなくなった」は「ダメになった」ではない、というのが、今の筆者の一番正直な実感です。
以下では、筆者が実際に体験した「休職中にやめたこと・できなくなったこと」を7つに分けて書いていきます。どれも自分を責めるための材料ではなく、「そういう時期があった」という記録として読んでもらえたらうれしいです。
できなくなったことを責めないための考え方
「できなくなった」と気づいたとき、最初は焦りや自己嫌悪が出てきやすいです。でも、責めれば責めるほどエネルギーは消耗していきます。自分を責めすぎないための考え方として、筆者が試しているのは「今日、なんとかここまで過ごせたなら合格」という基準を持つことです。
ハードルを下げる、という言葉はときに後ろ向きに聞こえるかもしれません。でも今の自分には、ハードルを思いきり下げて、「ご飯を一口食べられた」「布団から出られた」「一言だけ返信できた」を合格にすることが、むしろ必要なことだと感じています。これは医学的な推奨ではなく、あくまで自分が自分を追い詰めないための工夫として取り組んでいることです。
休職中にやめたこと7つと、それぞれで気づいたこと
1. 本を読むことができなくなった
休職前は読書が好きで、電車の中でも就寝前でもよく本を読んでいました。ところが休職中は、ページを開いても文字が頭に入ってこなくなりました。同じ行を何度も読み返しても内容が残らず、読んでいること自体が苦痛になっていきました。
これは「読解力が落ちた」というより、集中を維持するエネルギーが足りていない状態に近いのかもしれない、と主治医との話の中で感じました。あくまで筆者の解釈ですが、脳がすでにいろいろな処理に追われているとき、新しい情報を取り込む余裕がなくなる、というイメージです。
結果として、読書はほぼやめた状態になっています。やめようと決めたのではなく、やろうとしてもできなくなったので、今は無理に読もうとしていません。「読めないから本が嫌いになったのではなく、今の自分には合っていないだけ」と思うようにしています。
気づきとしては、好きだったことができなくなることへの焦りを手放す練習になった、ということです。「いつかまた読めるかもしれない、今はいい」と思うことで、少し楽になりました。
2. 映画やドラマを最後まで見ることができなくなった
本と同じように、映画やドラマも途中で集中が切れてしまいます。最初の数分は見られても、ストーリーを追う気力が続かず、気づくと画面を眺めているだけになっています。内容が頭に入ってこないので、見終えても「何を見たのか」がほとんど残りません。
これも自分でやめようと決めたのではなく、「見ようとしてもできなくなった」という感覚です。無理に見続けると疲れるだけなので、今は短い動画や、以前見て内容を知っているものを流し見する程度にしています。
「楽しめない自分はおかしい」と思いそうになるときは、「今は受け取る器が小さくなっているだけだ」と言い聞かせるようにしています。これが正しい解釈かどうかはわかりませんが、自分を責めずに済む言い方として、今は役に立っています。
3. ゲームを楽しめなくなった
以前は好きだったゲームも、起動する気になれなくなりました。起動したとしても、操作しながら「なんで自分はこんなことをしているんだろう」という虚無感が出てきて、楽しめないまま終わることが増えました。
好きだったものに興味がなくなる、楽しいはずのことが楽しく感じられない、という状態は、うつの状態でよく見られると聞きます。ただし、これが自分のケースにそのまま当てはまるかどうかは、主治医でなければ判断できません。筆者はこれを「自分の今の状態を示すサイン」として受け止めるようにしています。
「楽しめない」は「楽しもうとしていない」ではなく、「楽しもうとしているのに楽しめない」という状態で、意志の問題ではないと今は思っています。
趣味が楽しめなくなることは、自分が怠けているのではなく、今の状態が変化しているサインかもしれない。そう考えることで、少し自分を責める気持ちが和らぎました。
4. 食事をきちんと用意することができなくなった
休職前は、ある程度食事に気を使っていました。でも休職中は、食事を準備する気力が続かず、適当なもので済ませることが増えました。何を食べたいかもよくわからなくなる日もあります。
「食べること」そのものへの関心が薄れる感覚は、体力的な消耗とも重なっているように思います。これも医学的な説明ができるほど詳しくはありませんが、自分の実感としてはそうです。
一方で、気づいたこととして、食事が適当になったことで、以前は無意識に食べていたお菓子類をあまり食べなくなりました。これが体にとって良かったのか悪かったのかは正直わかりません。ただ、結果的には食べる量や内容が少し変わった、という事実はあります。良いとも悪いとも断言できないので、ただ「そうなった」という記録として残しておきます。
5. 生活リズムを「整える」ことをやめた(やめざるを得なくなった)
休職当初は、「規則正しい生活を送らなければ」と思っていました。でも実際は、夜に眠れなかったり、昼間に眠くなったり、思うようにリズムが整わない日が続きました。整えようとすればするほど、できていない自分を責める悪循環になっていきました。
今は、生活リズムを「完璧に整えること」をいったん手放しました。もちろん、規則正しい生活が心身の回復に関係するという話は知っています。ただ、整えることに必死になって自分を責めるより、「今日、なんとか一日を過ごせたならそれでいい」という基準で自分を評価するほうが、今の自分には合っていると感じています。
これはあくまで自分を責めすぎないための考え方であり、医学的に生活リズムを乱してよいと言っているわけではありません。もし生活リズムについて心配なことがあれば、主治医に相談することをおすすめします。
できていないことを責めるより、できたことをひとつ数える。そのほうが今の自分には合っています。
6. 「普通にできること」への期待をやめた
休職前に「普通にできていたこと」が、休職中にはできなくなることがあります。連絡を返す、部屋を片付ける、外に出る。そういった「普通」が、今の自分には難しいと感じる日があります。
最初はその「普通」を取り戻そうと焦っていました。でも今は、「自分が思っていた普通は、今の自分のものではない」と少しずつ思えるようになってきました。手放したというよりは、諦めた、という感覚に近いです。諦めると言うと後ろ向きに聞こえますが、無理な期待を手放すことで、今の状態を少し楽に受け入れられるようになりました。
「普通」の基準は人それぞれで、しかも同じ人でも時期によって変わる。今の自分の「普通」を更新することは、逃げではなく現実に合わせることだと思っています。
「以前の自分」と「今の自分」を同じ基準で比べるのをやめたことで、今日という一日の重さが少し変わりました。
7. 先の見通しを立てることをいったんやめた
「いつ職場に戻れるか」「この先どうなるか」を考え始めると、不安がどんどん膨らみます。休職中は特に、先が見えにくい状態が続くため、見通しを立てようとするほど苦しくなることがありました。
今は、「今日をなんとか過ごす」という単位に縮めて考えるようにしています。来月のことも、来週のことも、今日だけはいったん脇に置く。これは将来を諦めたのではなく、今の自分が扱える範囲に意識を絞るための工夫です。
先が見えないつらさが強いとき、消えてしまいたい気持ちが出てきたときは、一人で抱え込まずに主治医や専門の相談窓口に話してほしいと思います。そういう気持ちが出てくること自体は、今の状態のせいであって、あなたが弱いわけではありません。
今日一日をなんとか過ごせたなら、それで十分だと思います。それが今の筆者の正直なハードル設定です。
休職中にやめたことから見えた「ハードルを下げる」という選択肢
ここまで7つの「やめたこと・できなくなったこと」を書いてきました。共通しているのは、どれも「意志を持ってやめた」というより、「できなくなったことを受け入れていった」という流れだという点です。
ハードルを下げる、という言葉は、努力を放棄することのように聞こえるかもしれません。でも筆者の実感としては、今の状態に合わせてハードルを設定し直すことは、自分を守るために必要な調整だと思っています。無理なハードルを設け続けて消耗するより、今の自分に合った基準で動けるほうが、長い目で見て続けやすいからです。
「なんとか今日を過ごせた」を合格にする、という考え方は、医学的に正しいかどうかはわかりません。でも、自分を責め続けてエネルギーを使い果たすよりは、「今日もなんとかなった」と思って眠れるほうが、自分には合っていると感じています。
ハードルを下げることと、回復を諦めることは別のことです。今の状態に合わせて動くことは、今の自分を大切にしていることだと思っています。
また、「できなくなったこと」には、思いがけない気づきが隠れていることもあります。お菓子をあまり食べなくなったこと、先の見通しを立てることをやめて今日だけに集中できるようになったこと、「普通」の基準を自分で更新する経験をしたこと。これらが良いことかどうかはわかりません。でも、そういう変化があったことは確かです。
できないことが増えていく時期は、本当につらいです。でも「できなくなった自分」を責めるより、「今の自分はこういう状態にある」と観察する目線に切り替えることで、少し息がしやすくなる瞬間があります。
筆者自身、まだ休職中であり、回復の途中にいます。「こうすれば治る」とは言えません。ただ、ハードルを思いきり下げて、下げまくって、それでもなんとか今日という日をやり過ごしている、という実感は、今の自分にとって大事なものになっています。
つらいときに一人で抱えないでほしい
症状がつらいとき、消えてしまいたい気持ちが出てきたときは、一人で抱えないでください。主治医への相談はもちろん、公的な相談窓口や支援機関も、話を聞いてくれる場所があります。誰かに話すことが、今できる一歩になることもあります。
この記事は医療的な助言ではなく、あくまで筆者個人の体験と考えをまとめたものです。体調や治療については、必ず主治医や専門家の判断を仰いでください。
休職中にやめたことを振り返って伝えたい7つの気づきまとめ
この記事では、うつで休職中に筆者が経験した「休職中にやめたこと・できなくなったこと」を7つの視点から整理しました。最後に、全体を通じて感じている気づきをまとめておきます。
- 「やめよう」と決めたのではなく、「できなくなっていった」ことのほうが多い
- 本・映画・ゲームが楽しめなくなっても、それは意志や性格の問題ではない
- 食事が適当になることへの罪悪感は、少し手放してもよいかもしれない
- 生活リズムが整わない日でも、「なんとか過ごせた」なら合格にしてよい
- 「以前の普通」を手放すことは、逃げではなく今の自分への調整だと思っている
- 先の見通しを立てられなくてもよい。今日だけを単位にしても、十分だ
- ハードルは下げていい。下げまくっていい。それでも動けた自分を認めてよい
「できなくなったこと」の数は、自分のダメさを示すものではありません。今の状態のなかで、それでも今日という日を過ごしている自分を、もう少し労わってあげてほしいと思います。
ハードルを下げることへの罪悪感は、少しずつ手放してよいと思います。自分を責め続けることより、今の状態に合わせた基準で生きることのほうが、今の自分には必要なことだと感じています。
これはあくまで筆者個人の体験と考えであり、医療的な助言ではありません。体調や回復については、主治医や専門家への相談を大切にしてください。
「今日もなんとかなった」と思えた日が、一日でも多くあることを願っています。つらいときは一人で抱えず、話せる人や相談窓口に頼ってほしいと思います。

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